胸にできた妊娠線消える?と不安でしたが大丈夫でした

妊娠中からできたらどうしようと気にしていた妊娠線ですが、身長が高かったのでそんなにお腹の皮膚は急激に伸びずにすみました。
産まれてくる赤ちゃんは3000グラム前後だとすると、小柄だったり細い人の方がお腹の皮膚は伸びるわけで、もともと大きい私はその点伸び率が少なくてすんだということでしょうか。
とにもかくにも、産まれてくるまで何とかできずにすんだのでほっとしていたのですが、赤ちゃんが産まれてからが問題でした。
赤ちゃんにあげる母乳がどんどん体内で作られるため、胸はどんどん張って大きくなります。
私は妊娠中はそんなに胸のサイズは大きくならなかったのですが、産まれてから急激に大きくなったので胸の皮膚がそのスピードについていけなかったのです。
気がつけば両胸の脇側に見事に赤い筋ができてしまいました。
まさか、産後の胸の成長まではまったく想定していませんでしたので、ただただビックリという感じでした。
不思議なもので、赤ちゃんが産まれて目の前に姿が見えるとそれだけで幸せな気分で、もう妊娠線を消す方法?とか残る?とかどうでもいいことになってしまうのです。
胸が張っていても、母乳をあげると小さく戻ります。
そしてまた時間がきたら胸が大きく張ってくる。
本当に女性の体は不思議です。
最初、赤かった妊娠線ですが、だんだん薄くなっていきました。
しばらくはうっすらと残っていたのですが、母乳の量が減って、授乳が終わる頃は胸も小さく戻ってしまってわからなくなってしまいました。
消えるかどうかわからなかったのですが、私の場合は胸は消えました。
お腹にはできなかったのですが、お尻と太ももの付け根あたりに肉割れ線を発見しました。
こんなところにいつの間にかできていたのかと思いましたが、そんなに目立つ場所でないのでそこまで気にしていません。
これは出産後何年も経っていますがいまだにしっかりと残っています。
モデルさんや芸能人ではないので、人前でビキニになることもないので残っていても関係はありません。
20代の若いママさんだったらちょっと気にするかもしれませんね。
油断せず、お腹だけでなく胸やおしりにもしっかりクリームを塗って保湿するのをおすすめしますね。

娘の入院、点滴、葉酸不安の中で過ごしました

つわりも全くなく、何の不自由も苦痛も ないままマタニティ生活を送り、病院に着いてからわずか30分という超スピード安産で生まれた娘、まりん。
マリンは次女で当初二人目不妊の真っ最中。その時ネットで葉酸が二人目不妊にきくということを見つけて葉酸を服用。
それが半年後葉酸サプリのおかげで妊娠!選んだ葉酸は葉酸サプリメントランキング1位だったベルタ葉酸ってやつ。
あまりに楽すぎたから神様が意地悪したのかもしれない。実家で出産して1カ月で自宅へ戻り、大パニックして3日目のこと。
手伝いに来てくれていた母と食事をとっていた。すると眞鈴が鼻と口の両方からお乳をだしてしまった。いつもくち〜よく出していたけれど:….少し変かな。そのときはその程度にしか思っていなかった。その後おむつをかえようとしたら、「シャーっとまるで大量のおしっこみたいなうんち。」それもおむつ一面が真っ黄色にそまるくらい。

これは絶対おかしいと小児科へ電話したものの、診察時間はもう終わっている。「点滴が必要かもしれないのでうちではできない」と3回も断られ、やっとのことで「119」で病院を教えてもらった。生後1カ月では診察のしょうがなく、とにかく脱水を起こすと一晩で死んでしまうので。と、そのまま入院。小さな小さな足くびに点滴の針はなかなか入らず、ほんの少し出てきた血が、ものすごくたくさんに見えて。かわいそうで涙があふれた。おなかがすいているのに飲ませてもらえないひもじさで、私の指をチュッチュッと音をたてて吸う眞鈴を見ていると、ほんとうに身の裂かれる思いだった。見る見るうちに青ざめて弱々しい声で泣く娘。このまま死んでしまったら。…:と不安なまま3日が過ぎ、ようやく顔に赤みがさしてなんとか落ち着き、とりあえず家に帰れた。

その後も1カ月は、少しのことでも気になり、心配で何度か病院へ連れていったりもした。ひとりで眞鈴を見ているのが不安でこわくて、異常に神経質になって、やつれてしまうほどだった。

あれから2カ月半!

あとのときがウソのように落ち着き始めた。
すると身勝手なもので、あとのきは娘の無事だけをただただ祈っていたのに、いまでは少しぐずつたり手がやけるだけでイライラしてしまう。1回の授乳に1時間近 くかかることもたびたび。そんなときには ひざを「パチン」とたたいてしまうことも ある。でも、そういうときに限って「ニコ ーッ」と満面の笑みで私を見つめる。この 笑顔を見ると私も笑わずにはいられなくな る。そして全部が消えてしまうのだ。あの とき、もう少しおそかったら、この子はいまここでこうして笑ってくれなかったのだから。眞鈴が生まれてから、それはも う毎日が戦場だ。でも、つらいときにはあ の日の眞鈴の顔を思い出し、いまの元気な 姿をあらためて見つめている。もちろん主人も同じだと思う。そしてあたたかくなったら3人で出かける計画を立てている。

子どもと外に出て育児をするのが私の役目だ

もともと自分でいやになるほどの怠け者、家事でさえまともにこなせない私が子どもが生まれたとたんに働き者になれるはずもない。待ったなしの子ども中心の生活をしていうちに、髪はぽさぽ、大人用の洗濯物は山になていく。少しはと立ち上がれば待ってましたとおっぱいを吐き、うんちをし、急に期限がわるくなる。
こんな姿では、お客が来ても出られないぞと思っていると人が来る。そっとのぞくとセールスマン。居留守をきめ込んでしまう。隠れ家に住む世捨て人の気分。こんなにチャイムの音にびくびくするなんて。頭の中にはやらなければならないことがいっぱい、やりたいことがいっぱい。だれも責めたりしないけど、自分で言いわけを しながらあせってイライラしてくる。時間になると、家を離れ会社に行ける夫が、うらやましくてうらやましくて。そこで、私も仕事に行くことにきめた。家にいなければ家のことはできないし、人が来ても出る必要もない。どんなに散らかっていても、キッチンに洗い物があふれても、時間になったら身支度をととのえて外へ出てしまうことにした。といっても、子どもは自分で育てる主義仕事とは子どもとの散歩のことである。

散歩を最優先事項にきめて、私の育児ブルーはかなり解消された。おむつや食べ物を持って2時間くらい出かける。風や日ざしが気持ちがいいし、体にいい。そして、なんといっても子どもが共働きだと思えば、日が暮れてから掃除をして、夜のうちに洗濯をしてもいい。外から戻ると不思議と体も楽に働けるし、子どもも協力的。そういうわけで、私は息子と仕事に出かける。喜ぶ。目をきらきらさせ、手足を動かし、じっと一点を見つめたり、手を伸ばしてみたり、犬や子どもを目で追って声を出す。

家の中では、いつも期待を込めた目で私を 見つめているのに、外ではちっとも私を見 ない。広い芝生にすわらせると、とっても小さく見えて、守ってあげなければ、かわ いいなとい菫旦丸持ちがどんどんわいてくる。散歩のさらによい点は、多少なりとも社 会に、地域につながりを持てるという点だ。 引っ越したばかりのなじみのない土地に不安があって、あまり人に会わないようにし ていたが、知らない人に、あいさつを積極 的にするように心がけて、顔見知りもできた。横道のない一本道でどうしようかと迷 う前に会釈だけでもすれば、厳しい顔だった人も急に親しみを浮かべてくれたりする。そんなとき心がとても楽に通る。散歩中のおばあちゃんは、足を止めていろいろ話してくれ、子どもが笑うと喜んでくれる。何をしてあげられるわけでもないが、話し相手になることで少し役に立つ気になる。これが存在そのものが人の心をなごませる赤ちゃんのパワーだと思う。

共働きだと思えば、日が暮れてから掃除をして、夜のうちに洗濯をしてもいい。外から戻ると不思議と体も楽に働けるし、子どもも協力的。そういうわけで、私は息子と仕事に出かける。

三ヶ月まで育児が最高につらい

私の育児ブルー解消法はもっぱら、片っぱしから本を読んで読んで、読みまくったことです。子どもがまだ1〜2カ月のころでした。外出もままならず、一日じゆう、 子どもと2人きりで家の中にこもりきり初めての育児でわからないことばかり。子 どもの健康で不安に思うことが生じると、 不安がどんどん大きくふくらんでいき、ストレスがたまりほうだいでした。そのよう に悶々としたときに、自宅から近い場所に 新しく図書館がオープンしました。たまに は気分転換になるだろうと、主人と生まれ たばかりのわが子を連れていってみました。 育児関係の本がたくさん目につきました。主人、私、子ども3人の貸し出しカードで、 1回に9冊借りることができるため、9冊すべて私のために、育児関連の本を借りま した。1日1冊を毎日読みました。

日中、子どもと2人だけ、不満をもらす 相手もいない中で、本にのめり込んでいき ました。活字さえあれば、なんでも目が追ってしまうというほど強烈な活字中毒でし た。この2ヵ月から3カ月の間毎週末の 図書館通いで、育児、教育コーナーの本はすべて読み尽くしました。
育児書の数々、赤ちゃんの病気、けがに関する本、スターの書いた子育ての本、働く母親向けの本、胎児の本、泣く赤ちゃんの専門書、胎児の本、早期教育の本、トイレトレー一ングの本、産後の母体に関する本、父親のための本などなど、ほんとう に膨大な知識を詰め込みました。本ばかり読んで頭でっかちになってしまったように聞こえますが、これだけ読んでしまうと反対に、育児に対して自信が生まれてきました。

いま我が子も九ヶ月になりました。九ヶ月なんてホントあっという間です。一瞬のうちに過ぎ去った九ヶ月だけど辛いと思ったことは何度も有りました。そんなとき以前に読んだ本のフレーズがよみがえてきて、私を支えてくれました。
情報も自分なりに取捨選択して生かしてきました。いまでは、子どももずいぶんしっかりしてきて、外出することも容易です。公園では顔なじみのママもふえ、悩み事は、話して解決することもできるようになり、楽になってきました。

いまふり返ってもいちばんつらい時期は、子どもが3カ月を過ぎたころまででした。そのときの私を支えてくれたのは本です。いまでも活字中毒は治っていませんが、あのつらい時期は、がむしゃらに読書にふけったからこそ乗り越えられたのだと思います。いまでは、とてもよい思い出です。あのとき読んだ知識はいまも、私のたいせつなたからものです。

双子の育児で夜も眠れなかった

私は1才になる双子(女の子)を持つ母親です。過ぎてしまえば、あっという間の1年でしたが、出産前、想像していた楽しさいっぱいの育児とは全然違うものでした。
双子ということで、たいへんさは覚悟していたつもりでしたが、実際直面してみると、 ストレスばかりがたまっていました。まず1カ月目。2人のリズムが合っておらず授乳時間もバラバラで1人が眠ると、もう1人が起きるというぐあいで、「いった い私は、いつ眠れるのだろう、せめて3時間でいいからつづけて眠らせて」と願っていました。そのうち、夜がくるのがこわくなり、かってに涙が出てきたりして、こ のままでは育児ノイローゼになってしまう、と思いました。

そこで昼間は自分の好きな音楽を聞き、布おむつを紙おむつに、母乳をミルクにかえていったのです。何か育児を手抜きしているみたいで、いやだったのですが、自分自身を少しでも気楽にしてあげて、その分子どもに愛情を注げたら、それでいいのではないかと考え直し、実行しました。それ以後、4カ月ごろにミルク嫌いが始まりましたが、プレーンヨーグルトや果汁をまぜたりして、しのいできました。

6カ月ごろからは人見知りがひどくなり泣きわめく2人を両腕にかかえ、肩こり、ストレスは頂点に達していました。そこで、妊娠前に習っていたバレエを週1回始めることにしました。幸い実家が近 くだったので母親に頼み込み、行っているのですが、「育児の最中に子どもをほったらかして、そんなこと母親のすることじゃない、母親失格よと、いまでも周囲から言われています。

も、「そんなこと、気にしていられない。イライラするより少しの時間でも気分転換して、子どもにゆったりとした気持ちで接する。そのほうが絶対プラスになる」と自分に言い聞かせ、「この子たちが3才になったらいっしょにバレエをするんだ」という夢に胸躍らせながら、つづけています。私が育児で学んだ育児ブルー脱出法は、とにかく何事にも臨機応変に対処するということ。自分の殼に閉じこもっていてもだれも助けてくれないのですからね